ソマリアに日の丸は揚がるか /産経新聞(1993年2月25日)

ソマリアに日の丸は揚がるか

シュバイツァーへの思い

難民3万人に医師2人だけ

 内戦飢餓に直面するソマリア。各国が民間レベルも含めた言本格的な支援態勢を組んでいるのに対して、日本の存在感はほとんどない。そうした実態のなかで、ソマリア難民の医療救援のため現地入りした日本医師が一人だけいた。五歳未満児の死亡率が日本の三十倍以上にも達しているソマリアで、かろうじて日の丸の意地を示す若い医師を追った。

危険なルートを一人で

 栃木県北西部、日光からさらに奥に入った栗山村で診療所長をつとめる国井修氏(30)。一月待つから二月上旬にかけて、ジブチのソマリア難民キャンプを回り、さらにソマリアに入った。

 「日本の医師が一人も行っていないというのでは、残念でなりませんから」

 国井氏は国際医療にあたる非政府組織(NGO)「アジア医師連協議会」(AMDA)の日本支部長だ。九年前、ソマリアで半年間にわたり五千人の避難民を診察した経験がある。昨年末、フィラ駐日ジブチ大使から「ソマリア難民を助けてくれないか」と要請され、引き受けた。

 栃木県立宇都宮高校から自治医大に進んだ国井氏は、”原始林の聖者”シュバイツァーにあこがれて医師の道を選んだ。アジア十三国のメンバーとともにAMDAを設立したのも「シュバイツァーのようにアフリカで動いてみたい」という気持ちからという。

AMDAはソマリア難民救援のため、医師や看護婦ら約三十人を派遣する計画を決めた。国井氏はこれに先立って、難民の医療状況をさぐり前線基地を設けるため、一人で現地に入った。

 「ぜひとも、このキャンプに派遣してください」

 国井氏が最初に訪れたジビチ南部のソマリア難民キャンプ「ポル・ホル」のセンター長は、熱を込めて要請した。ソマリア国境を接するこの地域に四カ所に約三万人が収容されているが、医師は二人だけだった。

 その一人、ジブチ人のフセイン医師(40)は「患者が多すぎて、とてもカバーできないんです」と訴えた。

 翌日から、国井氏は、残る難民キャンプや首都ジブチに流入している十万人近い都市離民を見て回った。

 もっとも遠い「アリ・アデ」キャンプは、ジブチから二百キロ近く離れている。道路は無く、遊牧民がラクダとともに歩む道を四輪駆動車でたどるしかあかった。途中、自動小銃を持ったソマリア人の姿もしばしば見かけた。

 乾いた川底を何回も越え、危険なルートではあったが、「医者が行けないところこそ、一番困っている患者がいる」と言い聞かせた。

 現地では、かいせんなどの皮膚病が流行し、医者も薬もなく、放置されたままだった。

 ジブチ郊外の都市キャンプでは、子供が手足を動かせいまま、けいれんを続けていた。脳髄膜炎の症状だ。国井氏が、かたわらの両親に「なぜ病院に連れていかないのか」がとがめると、父親は「連れていっても診療してくれない」と力なく語るだけだった。

日本はいつも遅れる

 現地を回った国井氏は、地方都市アリサビエの病院内に事務所を設置しここを拠点に難民キャンプ四か所の巡回診療と都市流入難民の治療を重点的に行う方針を決めた。

 国井氏はさらに、ソマリアの首都モガディシオに入り、病院や診療所を訪ねた。「九年前とは大違い。すべてが破壊そつくされていた。」。ジブチと同じように満足な医療にはほど遠く、悲惨さは変わらなかった。

 しかし、国井氏が目の当たりにしたのは、いずれの病院でも、欧米の医者や看護婦が髪を振り乱して、銃撃などで傷を負った患者たちの治療を続けている姿だった。欧米のNGO組織である「国境なき医師団(MSF)」「赤十字国際委員会(ICRC)」などののメンバーたちだ。

 MSFは、外科チームを含めた百五十人のボランティアをソマリアに派遣した。ICRCも百人のスタッフを送り、十カ所の病院、診療所を運営していた。

 電気、水道、電話などの基本的な施設が崩壊しているソマリアでは、飛行機やヘリコプターなどまで動員できる態勢を持ったMSFクラスの組織でないと対応できないので出る。

 ICRCは内戦の激化で一九九一年一月にソマリアから撤退したが、二カ月後の三月には活動を再開、MSFも相前後して活動を始めていた。

 日本のNGOで唯一ソマリアに入っていた「日本国際ボランティアセンター(JVC)」は九〇年十二月に引き揚げて以来、今年二日上旬に調査団を送ったものの、再開までには至っていない。一月中旬、別の日本人ボランティア

で、日本人の姿は、国際救援組織内でまったく見られなかったのである。

 年間予算二億ドル、二千人のスタッフを抱えるMSFに比べ、JVCは五億円、すらっふ八十二人。

機動力の圧倒的な差に加え、「変わり者」としか見ようとしない日本人のボランティアへの理解不足、バックアップ体制の不備は、いかんともしがたい現実である。

 国井氏は、「欧米の医師は危ないからといって、しり込みするようなことはない。本はいつも遅れる。情けない限りです」と悔しい思いを隠し切れない。

流出難民

 内戦と干ばつによりソマリアでは人口の2割、約100万人がケニア、ジプチ、イエメンなどの周辺国に避難している。とくにケニアのソマリア難民は、昨年10月までに30万人に達した。また、武装ギャング団も米軍を中心とするソマリア多国籍軍に追い払われ、ケニアに逃げ込んだ結果、治安が急激に悪化、深刻な問題になっている。ジブチもソマリア難民12万人のほか、エチオピア難民が多数逃け込んでおり、過大な負担になっている。