ソマリアは”日本の僻地”/産経新聞オピニオン(2016年1月13日)

ソマリアは日本の僻地

<自治医大は、僻地に医療の灯をともすため設立された大学。学費免除の代わりに、卒業後 一定期間、出身県で地域医療に携わる>

 せっかくなら究極の僻地を、と希望したとこ ろ、人口約2600人の栃木県栗山村(現日光市) の診療所に勤務することになりました。大学病院や救命救急センターで経験を積んだのに、ここでは慢性疾患や寝たきりの高齢者が相手。症状を悪化させないこと、痛みを和らげる こと、安らかな死を迎えさせることが仕事で、 「病気を治せる」ことはあまりありません。今まで急性期の治療で患者さんを救った気になっていたけれど、それは医療のほんの一部。 患者さんの中には、退院後も医療や介護の手が足りない地域で生活しながら病気と闘う人も多いのです。

僻地医療をしながらも、年1、2回はNGO を通じて海外で緊急援助もしていました。特に思い出深いのはソマリアです。

<たび重なる内戦に苦しむ東アフリカのソマ リアは、世界最貧国のひとつ。 平成5(199 3)年、緊急医療援助NGOのプロジェクト立 ち上げのため、無政府状態のソマリアを訪れた>

 ソマリアは2度目でした。初めて訪れたのは医学生だった昭和60 (1985) 年。難民キャンプで診療の手伝いをしたかったのですが、医師のいない診療所をひとりで任されてしまった。「Where There Is No Doctor(医師のいないところで)」 という途上国医療のバイブルを必死に読みながら働きましたが、薬も食糧も足りず、重症患者に何をすることもできなかった。無力でした。

 今度は医師として行くのだからやれるはずだと思った。 しかし、美しかった首都モガディシオは内戦によって変わり果てていた。 家は弾痕で蜂の巣状態、子供は極度の栄養不良で、以前の難民キャンプより悲惨な状況でした。 目の前の患者を治しても食糧不足による栄養不良はなくならず、衛生状態の悪さからさまざまな感染症が広がってしまう。 紛争という問題を何とかしなければ、根本的な解決にはつながらない。医師としてできることの限界を感じました。 平成22 (2010)年からは国連児童基金 (ユニセフ) の保健・栄養・水衛生事業部長としてソマリアで3年間、働きました。 大干魃、 飢餓、コレラ流行など多くの緊急事態に見舞われましたが、絶望視はしませんでした。 確かにソマリアには多くの課題があり、物質的な貧しさがありますが、それを超える人々のたくましさ、精神的な豊かさがありました。3度目のソマリアも大きな挑戦でしたが、私の人生ではどうしてもやりたかったミッション。大きな学びと成長を与えてくれました。

 地域に入り込み、地域の人々とともに考え、一緒に取り組まないと解決できない問題があ る。 私にとって、ソマリアは日本の僻地の延長線上にありました。(聞き手 道丸摩耶)